第224回 クリ ~最強の木材~

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 「森のくすり塾」建設予定地に残されていた古い小屋を解体すると、50年以上も前の古い柱がたくさん残された。さっそく短く切って薪にしようとする僕を制するように、大工の新保さんが「クリの柱だけはあとで役に立つから残しておくように」とアドバイスしてくれた。クリは水に強くて腐らず土手の補強や戸外の階段作りには最適で白アリがつかないという。湿気に対して木のなかで最強を誇る。とはいえ、やはり僕にはどの柱も同じ「木」にしか見えないため、一本ずつ新保さんにクリかどうか確かめてもらった。

 整地が終わり、いよいよ建築作業が本格的にはじまる4月。敷地内の周囲に生える4本のクリの木の処遇が問題になった。栗御飯が大好物の僕としては当然、すべて残しておきたい。しかし古老から「いま伐らなきゃ。店が建ってからじゃ後悔するぞ」と何度も諭されていた。屋根より高い木は落ち葉で雨樋を傷めてしまうし、特にクリの葉と実はタンニン(渋み)を多く含むために屋根を傷めやすいという。しかもクリの実が屋根に落ちると「ドスン」というなかなかの衝撃音を発する。店が建ってからでは伐採にリスクが伴う。そして悩みに悩みに悩んだ末、着工直前に3本のクリを「ごめんなさい」と呟きながら自らの手で伐採した。すぐさま枝打ちし、幹をより分け、細い幹ですらも無駄にしないように気をつけた。最後は薪になる運命のスギ材の余りには申し訳ないが扱いがまったく違う。スギ材は真っ直ぐに伸びて柔らかくて加工しやすい利点があるが湿気には滅法弱く白アリがつきやすい。こちらは湿気に対して最弱の部類に入る。森のくすり塾はスギ材で造られているがゆえに高床式にして、また軒を長くすることで水分との接触を避ける必要があった。ちなみに前話で紹介したクルミ材も湿気には強くはない。

tibet_ogawa224_2斧で面を出す

店舗が完成に近づいた7月、クリ材は店の外回り整備に大活躍しはじめた。太い幹は面をだして階段に。中くらいの幹は道の土手作りに。細い幹は杭に用いた。加工しやすい性質のスギ材で店を建て、腐りにくいクリ材で外回りを整備する。どちらも40年ほどまえに土地の所有者だった故Tさんが植えてくれたものだ。用意周到、という表現が浮かんだがちょっと違う。漠然とではあるが未来に向けて受け継ごうとする「当時の常識」というほうが正確だろうか。もっともまさか身も知らぬ僕たちが活用するとは夢にも思わなかっただろうが。それにしてもクリ、クルミ、スギ、ヒノキ、柿など、木の種類によってこんなにも木の性質が異なるのかと、「森の学校(第223話)」の一年生・小川康45歳(当時)は感動してばかりなのであった。

tibet_ogawa224_3階段

 クリ材は縄文時代の山内丸山遺跡からたくさん出土したことからわかるように、太古より柱や土台として重宝されてきた。アイヌの人たちはクリの木をとても大切にしたという。いま、古(いにしえ)の人たちの気持ちがよくわかる。また、かつて鉄道の枕木はクリの木でつくられたため、戦後、山からクリの木が激減したこともあった。それくらいクリの木は日本人の生活に欠かせないものだった。仮にクリ材を基礎に用いれば床を低くしても大丈夫なのだが真っ直ぐなクリ材はそうは手に入らない。そんな歴史を知れば知るほどクリが好きになってきた。ちなみにチベットにはクリは生えていない。きっとクリは湿潤気候の日本でこそ、水に強い材の価値を発揮するのではと素人ながらに考察してみた。薬房が完成に近づき、画竜点睛のごとく最後に玄関の建具が届いた。これは木曽の職人さんに発注したクリ材の建具だ。このころになって、ようやく木材の種類の違いが目視と手触りでわかるようになってきた。一本だけ残した大きなクリの木は秋にたくさんの栗の実を落としてくれて僕たち夫婦は栗御飯にしていただいた。栗の実は豊作と凶作の波が小さいので、木材同様にやはり太古より貴重とされている。栗の葉は真夏には店舗の前庭に貴重な木陰を作ってくれる。クリは強くて、美味しくて、涼しくて、そして美しい。

tibet_ogawa224_1しかも美味しい

この二年間の大工仕事、山仕事を通して、周りの景色の見え方が大きく変わってしまった。「……しまった」という表現がふさわしい。やや誤解を招くことを承知のうえで、それでもストレートに表現すると、薬草へのまなざしが、いい意味で「弱まった」。弱まったけれどそれは大自然のなかの一部として確かに位置づいたということ。森では衣食住の住を(ときには食も)担う木が主役。薬草は脇役でいい。スギ、クルミ、クリの有難さを目の当たりにして、いまはそう思っている。


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