第334話 テンソ ~記憶~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

ダラムサラ ダラムサラ

 2024年3月23日に開催されたメンツィカン(チベット医学大学 北インドのダラムサラ)創立記念式典のyoutube動画をなに気に視聴していた。2時間に及ぶこの式典のクライマックスは暗誦試験ギュ・スム達成者(第289話)の表彰にある。遡ること15年前、2009年の3月には僕(14期生)が表彰された儀式であり(第91話)、つまり自身の過去の栄光に浸るためという極めて自己満足的な下心が存在している。しかも近年ギュ・スム達成者はほとんど輩出されていないこともあり、「最近の若いもんは……」という先輩面に拍車がかかりつつ、「どれ、どれ、今年は何人かな」と上から目線で視ていると、な、なんと今回の21期生には7名もいると学長が誇らしげにしているではないか。「や、やるな……」と狼狽する僕。いったいどんなテコ入れをしたのか気になるところだ。
盛大な拍手とともにギュ・スム達成者一人ひとりの名前が読み上げられてカタ(祝福の白いスカーフ)が首にかけられていく。そして6人目、51分35秒の場面、意外な言葉を耳にして思わず映像を止めてしまった。

「マリア・チミトア。彼女は外国人として史上二人目(アンギ・ニバ)のギュ・スム達成者です」

「マ、マジ……」。いままで僕は「外国人の達成者は二度と出ない」と断言していたのだが、その予測が見事に打ち砕かれてしまった。その顔つきと名前から、ロシア国内のチベット仏教圏(第95話)カルムイク共和国かブリヤート共和国出身だと推察できる。幼少期からチベット語に触れられる環境で育ったこと、入学試験が免除されることは日本人の僕との大きな違いではあるが、チベット語を母語としない外国人という意味ではそのハードルの高さはほぼ同じである。そして僕はまるで自分自身がその場で表彰されているかの高揚感とともに何度もカーソルを戻して視聴してしまった。

親友のジグメとペンパ 2011年 親友のジグメとペンパ 2011年

何が嬉しかったって、みんなが史上一人目のオガワを思い出してくれていた(であろう)ことである。チベット人の記憶(チベット語でテンソ)のなかに僕がいること、それは僕がアムチ(チベット医)であることの、かすかではあるが確かな証だと捉え心の拠り所としている。逆にいえば、チベット社会から僕の存在が消えたときは僕がアムチではなくなり、いさぎよく「元アムチ」と名乗ろうと思っているが、彼女のギュ・スム達成のおかげでしばらくは大丈夫そうだ。

博物館 2011年 博物館 2011年

記憶を紡いでくれているといえば、メンツィカン博物館のアチャ・ケルサンは日本人が訪れる度に「むかし、オガワっていう日本人がいたのよ」と語ってくれているらしい(注1)。それが縁で見知らぬ旅人からメールが来たり、さらには森のくすり塾を訪れてくれる旅人たちがいる。ケルサンはチベット語のテンダル先生(第281話)の奥さんで、つまりチベット語を話せないころにはじまり卒業に至るまでの10年間(1999~2009年)、僕の成長をずっと見守り続けてくれていた恩人である。入学前の2000年当時、チベット語の授業中にもかかわらず、「ちょっとあんた、子どもたちの面倒見てよ」と教室に押し入ってきて、そのたびにテンダル先生は子どもを背負いながら授業していたのは、寛容なチベット社会ならではの思い出である。

アチャ・ケルサン 2023年 旅行者提供 アチャ・ケルサン 2023年 旅行者提供

 ちなみに第329話で紹介した動画のなかでチメが「先輩7名がギュ・スムに挑戦した」と語っていたので一学年後輩のチメは来年この場で表彰されることになる。また、2019年に外国人だけの5年生コースが創設されたことにより(第313話)、外国人のギュ・スム達成の可能性はほぼゼロとなった。チベット人たちとの切磋琢磨がなければこのハードルを超えるのは無理というもの。だからこそ旧メンツィカンにおける最後の外国人マリアさんがギュ・スムを達成してくれたことに心から感謝している。もしも会えることがあったなら暗誦の苦労話で盛り上がりましょう。ギュ・スム達成と卒業おめでとう。タシデレ(吉祥あれ)!


注1
汗と涙と煩悩のチベット・ネパール・インド絵日記』(安樂瑛子)のP130にこの場面がイラストとともに描かれています。

参考動画
63rd Founding Anniversary Celebration of Men-Tsee-Khang

 


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