長野市の児童公園問題に象徴されるように(注1)、なににつけても現代の日本社会は静粛を重んじている。図書館、学校、美術館、バス、お寺も静かだし、なによりも僕が学生時代に夢中になった弓道は静けさを大切にした(第314話)。そんな日本社会で育った僕がメンツィカン(チベット医学大学)男性寮で暮らしていたときのこと(2002~2007年)。勉強に励んでいた僕はルームメイトたちのお喋りや音楽に対して我慢ならなくなってしまった。同級生が騒音を諌めるときには「オガワが怒るから静かにしろ」という言いまわしが定着したほどに、その日本人的なイライラは顕在化していたようだ。ちなみにチベット語で静かな状態をカク・スィンポという。

メンツィカン教室にて 2002年
チベット社会では公共交通機関に限らず「静かにすべき」という意識は一般的ではない。なにしろダライ・ラマ法王の説法のときですら、子どもたちが周りではしゃいでいることが多い。こんなときチベット人たちは当然のごとく寛容だが、仏教を真剣に学んでいる欧米人たちはときにイライラしていた。意外に思われるかもしれないが、禅やヨガに付随する神秘的な静粛に対して、チベット人たちはおおよそにして重きを置かない(第303話)。
そもそも北インド・ダラムサラのチベット社会から一歩外に出てインド社会へと繰り出せばそこは素晴らしき喧騒の世界。特にバスの車内に流れるヒンディー音楽の音量はすごかった。大爆音である。こちらも当初は閉口していたものだったが、試験が迫っていたある日のこと、心のなかで四部医典の暗誦に励むと切迫感のおかげで騒音はまったく気にならなかった。「心頭滅却すれば騒音もまた涼し」。騒音に腹がたつのは、自分の存在・権利が軽んじられていることへの怒りであって、物理的な音量ではないという大発見以来、騒音に対して急に寛容になったのである。

インドの街 デリー
そうしてチベットとインド社会の影響力が心と身体に浸透してきた4年生あたりから(自分で言うのもなんですが)人が変わったように寛容になり、前述の言い回しはいつしか消えていった。そういえばと幼少期を振り返れば僕はもともと賑やかな環境で育った。田園地帯の真ん中に位置する僕の実家は、6、7月の夜はカエルの大合唱に包まれていた。家の中では祖母の耳が遠かったのでいつもテレビは大音響。高校の受験勉強に際してイライラし、床や壁を強く蹴って抗議したことがあったが全く取り合ってもらえなかった。あのとき僕の抗議を薄笑いとともに無視した母親の対応は大正解だったと感謝している。
ではなぜ、いつから日本がこんなにも静粛に重きをおくようになったのだろうか。今村信隆氏の『「お静かに!」の文化史』によると、それまでは当然とされてきた音読行為が明治時代になって禁止され、汽車や図書館など公共空間では静粛が重んじられるようになってきたと分析している(注2)。具体的には1882年(明治15年)に高級官僚である九鬼隆一が、各地方の関係者に「音読・雑話を禁止しなくてはならない」と告示を発出している。それでも明治20年代の車内では音読の光景が決して特異な例外ではなかったというから、100年前までの日本もずいぶんと賑やかであり、その意味では読経に代表される音読の文化が今に残っているチベット社会は貴重だといえる(第182話)。また、別の専門書『騒音の文明史 ノイズ都市論』は、権力の側が人びとに強く沈黙を求めていく事例を数多く挙げるとともに「騒音という無秩序によって、秩序が冒瀆されるとき、秩序は静粛でもって騒音を駆逐して、秩序を回復しようとする。これが騒音をめぐる権力構造だ」と静粛の裏側に潜む権力構造に着目している。なるほど、と納得した。納得するとさらに肩の力がスーッと抜けてきたから学者さんたちの研究に感謝である。

メンツィカンのピクニック 2005年
最後に思い出話を一つ。別所温泉駅から上田駅行きの電車に乗ったときのこと。午前10時ころは乗客数が一番少ない時間帯だけあって車両には僕だけしかいない。とてもいい天気で車窓からは独怙山がよくみえる。すると次の八木沢駅で塩田西小学校2年生が乗り込んできた。社会見学の授業のようだ。子どもたちはすっかり興奮気味だけれど、あいにく乗客が一人(僕)いるために真面目な先生は「静かにしなさーい。迷惑がかかりますよ」と声を張りあげている。「いや、構いませんよ」とわざわざ言うのも妙な気がして笑みを押し殺しながら、にぎやかで幸せな時間を過ごしていた。こんなとき、かつて自分がチベット社会で10年間も暮らしていたんだなあという事実を、まるで他人事のように実感できるのである。

独鈷山
注1
2023年、「子どもの声がうるさい」という近隣住民の苦情を受けて児童公園が廃止になった問題
参考:「苦情で公園廃止」〝炎上〟した長野市が手順明文化、広報見直しへ 市長「教訓生かす」(産経新聞 2024/12/10)*外部リンク*
注2
「近代化の進展とともに拡大してきた公共空間はこのような伝統的音読慣行と摩擦を生じ、音読をなんらかの形で制限し規制しようとした。(中略)それまで人々が長く慣習化してきた音読という身体的行為が、新しく登場してきた汽車という西洋的公共空間の論理と摩擦を生じ、そこから徐々に排除されようとしている」
参考文献
『「お静かに!」の文化史 ミュージアムの声と沈黙をめぐって』(今村信隆 文学通信 2024)*外部リンク*
『騒音の文明史 ノイズ都市論』(原克 東洋書林 2020)*外部リンク*